こんにちは。大阪のいちじく農家ハッピーファーム園主の吉川です。
さて、いちじく農家をやっているとときどき、いちじくについての講師っぽいことをお願いされることがあります。
そこでよくネタとして話しするのが、「いちじくって実は聖書とか神話にも出るんですよ」という鉄板な”へぇ”ネタ。
せっかくなので自分の頭の整理も兼ねて記事にしています。ぜひウンチクを読みながら、いちじくライフを楽しんでくださいね。
ただ神話に関しては浅学で書籍やWEB等の情報を拾ってきているだけのため、専門家ではないのでご了承ください。
キリスト教の聖書にあるアダムとイブが知恵の実を食べて羞恥心を覚え最初に着た服は、「いちじくの葉」でプライベートゾーンを隠したことだとされています。
また、アダムとイブが食べた知恵の実はリンゴとされていますが、じつはそれもいちじくの果実だったんじゃないかという説もあります。
そもそも論、聖書の創世記の記述からエデンの園にいちじくの描写あっても、リンゴについて描写がありません。文脈から言っても、いちじくの果実であると考えたほうが自然です。(ですがなぜかその後描かれる絵ではリンゴで描かれることが多いです。)
女がその木を見ると、それは食べるには良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実をとって食べ、またともにいた夫にも与えたので、彼も食べた。するとふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰にまいた。
創世記より
創世記の初期の話は、メソポタミア(現代のイラク中央部)の伝統に由来していると言われています。そのイラク中央部では、リンゴは自生していなくて、現代ではわずかに栽培されているもののサイズは小さく食欲をそそられるような果物ではないそうです。
一方で、イチジクはイラク中央部に自生していて甘く完熟になります。芳醇な香りが、誘惑の果実としての存在感はありますよね。
キリスト教やユダヤ教以外でも楽園と結び付けられることが多いイチジク。イスラム教のムハンマドは「果実をひとつ楽園に運んでもらえるとしたら、私は間違いなくイチジクを選ぶだろう」といったと伝えられます。
また寓話や民間伝承でも、その辞典でいちじくが「知恵、活力、創造の木」と記されているそうです。
林檎の英語である「apple」は、じつは昔はベリー以外の果物やナッツにすべて使う単語だったそうです。(パイナップル「pineapple」など)
だから、ヘブライ語を英訳したときに「apple」になり、それが現代ではリンゴとして解釈されるようになったと、つまり英語の事情からだそうです。
REDDIT[エデンの「果実」はりんごじゃなかったっていう説ってある?]
古来からユダヤ人はイチジクの木の下に座るということを特別視しているそうです。
新約聖書のナタナエルという男性がそれまでの宗教からキリスト教に転向した理由として、「イチジクの木の下に座っていた」という描写があるからだという学者がいるそうです。キリスト教・ユダヤ教、両方の学者ともの見解として、「イチジクの木の下に座ること=敬虔な態度で律法を学ぶ(聖書から掟や約束事を学ぶ)ことを表す」んだそう。
実際にスペインのサンタ・マリア・ラ・ブランカ教会の壁には、「イチジクの木の下にいるナタナエルは、律法を学ぶことを象徴している」という文章が添えられた絵が描かれているそうです。
紀元前2000年のバビロニア(イラク南部)の讃美歌集には「ナツメヤシやイチジクよりも甘い」というフレーズがあるそうです。
また古代ギリシャで豊穣・平和・家内安全を願う儀式で歌われる聖歌には、次のような歌詞があるそうです。
エイレシオーネ、いちじくをもってきてください。エイレシオーネ、パンをもってきてください。容器いっぱいに入ったハチミツと、体をこする油と、強いワインが入った大瓶をもってきてください。そうすれば皆陽気な気分で寝られます。
ちなみに、オリーブの枝にいちじくやドライフルーツなどを括り付けた儀式用のシンボルを「エイレシオーネ」というそうです。なお現代では、エイレシオーネの文化は「カランダ」という風習にかわり、子どもたちが家々を回って歌を歌い、祝福し、菓子や小銭をもらうイベントとして続いています。
古代ギリシャではイチジクが神聖な果物として、また生活ともとても密接だったようで、神話にたびたび登場します。
ギリシャ神話のひとつから。タイタン族はゼウスとの戦いに破れ、そのタイタンの一人シケウスは逃亡しましたが、ゼウスに追い詰められます。そこで母ガイアがシケウスを守るため、シケウスをイチジクの木に姿を変えたそうです。ゼウスはこのいちじくの木を滅ぼさず恵みをもたらすとして見逃しました。
いちじくはただ甘いフルーツではなく、大地が命を守るために生んだ姿なんですね。ちなみに古代ギリシャ語では、シケウス(Sykeus)がいちじく(Sykon)の語源だそうです。現代でもギリシャ語でいちじくをSikoと呼び、名残が残ってますね。
また、ギリシャのアッティカ地方にはこんな神話も。フィタロスというアテネ人が女神デメテルを家に迎え入れ、そのお礼としてイチジクの木を贈られたことによって繁栄したといいます。
英雄であり王であったフィタロスは、ここにデメテルを迎えた。崇敬を集める女神デメテルが作物の最初の果実をつくっているときだった。人々はそれを神聖なイチジクと名付けた。そのことがきっかけとなり、フィタロスとその後継者たちは不滅の栄誉を手にした。
フィタロスの墓の碑文より
この神話からは、最初の果実としてイチジクが記録されていることがわかります。ギリシャの歴史から見てもとても古くから主食のように食べられていたようですよ。
いちじくはエデンの園に植えられていて、アダムとイブが最初にきた服です。また、知恵の実はじつはいちじくだったかもしれないという説もあります。
キリスト教やユダヤ教だけでなく、イスラムやギリシャなどの文化圏の神話や讃美歌などでもいちじくは度々登場し、楽園に結び付けられ愛された果物、それがいちじくでした。
神秘的なお話し、いかがだったでしょうか?いちじく農家である私個人としては、知恵の実がリンゴじゃなくてイチジクだと楽しいなぁと思ってます。
次回は昔の人たちがイチジクをどうやって食べていたかについて記事にしようと思います。楽しみにしててくださいね。
とっても楽しい本ですので、いちじくの歴史についてもっと知りたい方はぜひ。
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